お母さんの介護日記

脳出血・脳梗塞を経て、認知症・パーキンソン病を発症した母と、老々介護する父、近所に住む私の、備忘録を兼ねた介護日記です。

【ただの日記】大腿骨頸部骨折、退院後の激痛

大腿骨頸部骨折の術後2週間で退院、 デイへ通っても良いと言われていた母なのですが、

退院の翌日、激痛を訴え歩くことはおろか座ることも寝返りを打つのも辛い状況に。

退院の翌日は、私の旦那さんと3人で近所のファミリーレストランへ行きました。

出かける際も特に問題なく階段を降りたり車へ乗ったり、ファミレスでもご飯を美味しいと言い食べていました。

しかし、ファミレスを出て車へ向かう数メートルを歩いた途中で突然

「痛い……!!!」

旦那さんに、母が崩折れた所まで車を回してもらい、痛がる母に謝りながら座席へ。

どうやら静止しているときは治まってくる様子。

しかし、その後帰ろうと車を降りる際にも、少しの動作で悶絶していたので 日曜日でしたが退院したての総合病院へ行き、救急窓口で経緯説明。整形外科の先生が不在とのことで外科の先生にひとまず診断していただく。

車からベッドへ移る際も悶絶…。

レントゲンでは問題ないが、整形外科で改めて見てもらった方がいい。坐薬の鎮痛剤を24時間分(3個)処方するので、1つその場で使用して、効き始める30分後にお帰りください。

30分後…なんとかまた車へ乗せ自宅へ…。

全然効いてない...

効くまでドライブしようと、病院で合流した父と4人で1時間ほど車でウロウロ。

再び自宅前。ぜんっぜん効いてない(;ω;)

仕方なく、痛がる母に謝りながら、私の旦那さんがお姫様抱っこで4階まであがり、ベッドへ。

悲鳴をあげる母も痛かっただろうし、それを耳元で受けながら4階あがる旦那さんも辛そうで辛そうで...

翌日、病院からの指示、というかアドバイスで救急要請して救急車で病院へ。

4時間ほど集中治療室で待機、骨折の際の担当医が来られたのですが、

CTもレントゲンも異常なし。 痛みは当然ではあるので、おかえり頂いて自宅療養を。とのことでしたが、

わたしも父も母を4階まで連れて上がれない... できれば他のリバビリ病院(慢性期)に移れないか伺うも、

骨に異常がないので当病院(急性期)も、リハビリ病院も入院できない、療養病院に行くことになるが、この時間(午後5時ごろ)だと移れない。

わたしと父と先生、ベッド上のボンヤリした母と4人で

シーーーン....

私「かえろ!介護タクシー?ってのとか電話したらなんとかなるやろ!かえろかえろ!」

その場にいても進展ないしな。

ストレッチャーを扱っているケアタクシーを呼び、無事帰宅。

認知症になっても強がる母があまりの痛さにしばらく無言。

朝から3人ともほとんど何も食べてなかったので父がレトルトのおかゆを作り3人で食事。母には体勢を変えず、そのままで口に運ぶ。

その日の最後の難関...オムツ内のパッドを変える...,

それまで「迷惑かけてごめんな、あんたもう帰り。ごめんな。もう痛くないで」と言っていた母。

パッド変更前に、激痛がまたあることと、叫んでもし気が紛れるなら何を言ってもキレてもいいと言うと、

パッド変更時に痛みに耐えるため母が発した言葉が

あんたらにこの痛みはわからんやろ!!!! あんたらに!!!

ごもっともです。一番いい言葉を選んだと思う。我慢強い分、こんなときに正直に言うのがいいよ。

早く時間が痛みを一刻も早く解決してくれますように。