お母さんの介護日記

脳出血・脳梗塞を経て、認知症・パーキンソン病を発症した母と、老々介護する父、近所に住む私の、備忘録を兼ねた介護日記です。

【ただの日記】大腿骨頸部骨折の痛みのその後

退院後の謎の激痛から1週間以上経過…

寝返りでは激痛で目がさめる事はなくなった。

痛がりながらもベッドに座れるようにもなったし、立ち上がるところまでは出来るようになった。

全然歩けない…

痛い痛い痛いー!言うて一歩が踏み出せない。

寝たきりになったらどうしよう…

他の比較的若い方の、大腿骨頸部骨折のブログなどをチラチラ見てると、何ヶ月かは松葉杖などを使っている模様。

骨折してピン2本も骨にさして当たり前やな…

母の場合は松葉杖を使えない。

痛くない方の右足を軸に歩けない。パーキンソン病がここに来て痛い…

前回の2日連続に渡る通院(ゴリ押し)の際に、クレーマーの様に見られた気がしたなあ。

なんでリハビリ病院に入られへんのやろ。 療養入るなら、私と父が耐える限りは家でいい気がしてるけれど。どっちがええんやろな。

認知症やから、痛みの感じ方が…て…

仕方がないんかな。

20日に外来の予約が入ってるからもう一度きいてみよう。

大腿骨頸部以外に何かが起こってるかもしれんし。

筋とか神経とか…素人やからわからんけど。

今は休んでる、リハビリデイへ状況報告で電話すると、立ってるだけでも筋力はつくから、できる範囲でトレーニングを、とのこと。

痛みの度合いがうちにも分かればええのになあ。

【ただの日記】大腿骨頸部骨折、退院後の激痛

大腿骨頸部骨折の術後2週間で退院、 デイへ通っても良いと言われていた母なのですが、

退院の翌日、激痛を訴え歩くことはおろか座ることも寝返りを打つのも辛い状況に。

退院の翌日は、私の旦那さんと3人で近所のファミリーレストランへ行きました。

出かける際も特に問題なく階段を降りたり車へ乗ったり、ファミレスでもご飯を美味しいと言い食べていました。

しかし、ファミレスを出て車へ向かう数メートルを歩いた途中で突然

「痛い……!!!」

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【ただの日記】入院中・・・病院内でのデイケア体験

大腿部頸部骨折で再び入院から、手術を経て現状について・・・。

ハンセンピンを2本使用した手術も無事終え、翌日からリハビリが開始しました。

1日目のリハビリはあいにく自分が仕事だったので立ち会ってはいなかったのですが、土日がリハビリがお休みで、ゆっくりリハビリに立ち会えたのが火曜日だったのですが、(術後5日)

もう歩行器でどんどん歩いてる・・!

一般的にどういう流れなのかはよくわからないのですが、恐らく母の場合痛みに強いというのが良い方向へ向かっているようです。
(ただ認知症かもしくは脳の何かが作用している可能性もある)

さすがに歩行器で歩いている最中は「痛い?」と尋ねると「んー、ちょっと痛いかな」といいつつ、結構痛そうではありました。

水曜日にはトイレ介助も家族でしても良いとのことだったので積極的にすることに。
そしてそう言われた時に限ってあまりトイレには行かない(笑)

そして水曜日に病院で行っている1時間程のデイケアを一緒に体験、楽しかった〜!

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【ただの日記】大腿骨頸部骨折と入院

これだけは・・・と思っていはいたけれど

母が大腿骨頸部を骨折してしまった。

何も知らないなりの知識で
高齢者の大腿骨の骨折=寝たきり

というイメージがあったのでかなりショックです。

※必ずしもそうではありません。

周りの話をきくと(2人ですが)親戚で高齢者の方が大腿骨骨折をしたが、自立歩行できるようになったということなので、

とりあえずあまりにもネガティブには考えないようにしています。

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【ただの日記】お母さんの趣味とか症状とか

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週に2日介護・・というか母に会う為に実家へ。 今日は穏やかな1日でした。

母は元々多趣味な人でわたしもかなり影響を受けました。

音楽(洋楽・邦楽どちらも!)や小説。洋服や絵を描くことなど。 おかげでわたしもそういった関係の職へついたりもしました。

母は脳出血の発症以降、そんな趣味のうちのほとんどに興味がなくなってしまいました。

音楽も、母が大好きだった曲があり、それらをかけるとさすがに「お〜ええやんw」と反応はあるのですが、大抵は心ここにあらず・・・。

ファッションに関してはほぼ無関心。

もともとコンプレックスの強い人で(言葉の使い方が合ってるのか怪しいですが)、身だしなみや体型にこだわる人だったのが、それらも全く興味が無くなったようです。

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【デイサービス】はじめてのデイサービスの時。見学など。

今更ですが、初めてデイサービスへお世話になったときのことをお話しようと思います。

過去の日記にもありますが、基本父はお金を払って人に世話になるのを異常に嫌がります。

2016年6月末に慢性期病院から退院してから、実際にデイサービスへお世話になるまで半年ほどかかりました。

退院時から「週1日だけでも」とコンコンと伝えてはいたのですが、時間かかったな〜。

わたしが母をデイサービスへ行ってもらいたかった理由が何点かあり、

デイサービスへ行ってもらいたい理由

【1】父の介護の負担を減らす
当然の理由ではあります。でもそれよりも重要だったのが以下2点・・・

【2】父と母の離れている時間を作る
慢性期病院へ入院中、父は毎日、一日と空けずずっと母のそばにいました。病院の看護師さんたちから献身的であると褒められなおさら休まず行くように。母は正直かなり嫌がっていました。私も嫌でした。アララ。

【3】プロにリハビリをしてもらいたい
もとから運動が大嫌いな父。更にもう当時で74歳と高齢なので更に歩く事を嫌がる。車ででかけるのは好きなので父の運転で母と毎日出掛ける。74歳の運転・・正直不安・・。「そんな毎日でかけなくても」と伝えると「お母さんがかわいそうやろ!」と・・・いやいやいや〜。おかげさまで母の退院後わたしは免許を取りに行きました。

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【今に至るまで】慢性期病院への転院と要介護認定の申請など

もう退院から1年半ほど経過するので、どんどんとうる覚えになっているのですが・・
覚えている範囲でお話したいと思います。

脳出血の発症脳梗塞の発症。急性期病院での入院後、慢性期病院へ転院することに。

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